それでもボクはやってない

 父、6月1日にバースデイを迎え齢81歳になり運転免許返納を考えておりました。


 チッサイ会社ですが現役で経営しているところ、昨年、従業員が数名やめてしもうたので自らが配達に奔走しなければならなくなりました。ホント、よくやってるワ。


 
 免許更新前に高齢者は適性検査を受けねばならぬらしく、誕生日前に受けに行って笑った。


 「94点」



 自分でまつがったところ、わからないところをちゃんと認識している 


 あそこは完全にわからなかった、名前(大工道具)がわからんかったー。チッ・・・とか言ってるゆえに、それってもう、100点も同然でしょう・・・ってなわけで、このニュースは我が家をかなりハッピーにしたわけだ。

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 そんな父からある朝、「人とぶつかったから保険屋さん呼んでくれ」という電話。


 しかし、相手も自分もケガなんかしとらん。ということであった。


午後になって保険の代理店のいつもの担当者から電話があり、「相手の青年が さっぱりした良い人だったから、今回の件は保険を請求することも警察に訴えることもない」と言う。

 
 この保険の人、その朝の電話からとても不機嫌かつ調子が悪そうだったのですが、「でもひとつ、話しておきたいことありますから、今度、行ったときに説明しますから」という。



 と言いつつ、何も訊いてなのに話をつづける彼。


 「いやあ、社長は頑固者だ!警察が5~6人も来ていた中で聴く耳を全く持たない!自転車(相手)はあくまで弱者で弱者を労わる気持ちがなければダメだ!」おっしゃる。

 「いやー、ホント、いつもお手数かけてすみません」と応じたが、はて?


 ・・・・・・・・・・・・・・・・  ?




 暴れたのか?ボケなすったのか?



父はぶつけられても仕事と身体に支障をきたさない限り 「イイヨ、イイヨ、ダイジョブ、ダイジョブ」といって右の頬を打たれたら、頭のあんパンをちぎって与えるかのような対応を取って来たんだった。そんな父がゴロついたの??



 本人に帰宅後きくところによると、道路から(いつもの)スタンドに入ろうとしたら、いつもの場所が使われていて、もたもた・・・っと隣のブースに入れようと前を向いていたのだが、いつの間にか男が窓から顔を出し「ギャースカギャースカ!」と。


 
「このまま(自転車が)走ってたらぶつかると思ったと言うんだから(相手は)見てたんだよ」と父。

父は東を向き自転車は北を向いて走ってきた(のを父は知らない)。ギャースカ!と叫ばれたと同時に窓から男の顔がヌッと出た。ギャースカの末に「警察呼ぶぞ!」というから「イイヨ」と言ったんだ、と。そして、「あんた身体は大丈夫なのか?仕事は遅れないのか?と訊ねたという。



 誰も怪我してない、自転車もぜんぜん壊れてない、ウチのポンコツ車も傷がどこかわからない。


 おとーさんがゴロついたみたいに保険屋さんに言われたんだけど?と問へば、「ぜんぜん話してない、警察も3台で5~6人もやってきたけど、とーさんにはなんも訊かない。だけど車だから悪いんだって言うから俺は悪くないよと言った」という。

 

 話もせんのになんで「社長は頑固」なわけ??
確かに硬い意思の持ち主ではある。鋼並みだ。けれど、ちょっとの傷で若い人をねじ込むようないじわるするっけか?と思う。小金がおしくてゴロツクようなケチなやつか?まあ、新しい冷蔵庫購入は渋っててもな。


 警察はちゃんと取り調べもしないで「車悪し」と判断するし、保険屋も父を知っていながら見も知らずの男を信じている。怪我して訴える!といった男がなんで簡単に事故を取り下げるわけ?どうして、それが爽やかな青年なのかね?単なるゴロツキじゃないの?


  これって、「オヤジ(老人)狩り」


 ちょこっと脅して金銭巻き上げようってやつ?。暇だな。


 
 事が事なら「冤罪」じゃないのか?と思う。相手は「恐喝」だべさ?


 公務員や大の大人がぞろぞろ出てきて何も訊かないって何?なんで片方の話だけなの?


 「警察に電話するったらカネ巻き上げられると思ったんだろ?」


 保険屋さんが相手に謝りもしないっつてたよ?と言えば「謝らないよ。悪くないもん」と至ってシンプルだったが、これを謝らされたらどうなることか。「悪くもないのに謝らない。国(警察)相手に戦うよ。」


 いやー、相手が悪い。


 ジジイでも父は相当だからなー。ガキなんか相手にせんよ。


 いろいろ社会模様について考えさせられた。


 
 これ見てみたくなった↓

それでもボクはやってない
2014-09-03

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 こちらとても気温が低いです。


 母はまつがって「これからどんどん寒くなるからね~」と言ってた。

目指すはおさびし山。

 ともかく、異常気象です。


 平日の、しかも月曜日だけど午後7時から開演の館野泉とフィンランディア室内管弦楽団のチケットを購入しておりました。


 氏の若かりし頃は全然知らなかったけど、有名なピアニストである舘野泉は脳梗塞で倒れ現在は片手でピアノを演奏して世界各国で演奏しているお人。


 今年、フィンランドとの国交100年で、

 エーと、館野氏はフィンランドに住んで、フィンランド人と結婚しております。

偶然、ラジオに出演されたのを聴いていると、なんでも寒いところが好きなんだそう。北海道が好きだったんだけど、フィンランドに住み着いたそうで、そんな縁だろうと思われるのですが、東京、福島、北海道で演奏会を行われたわけです。


 寒い北海道が好きだと言うのに、その日は猛暑日で、線路も曲がるとか曲がったとか鉄道が運休して、のんびり4時の電車に乗ろうと思ってたのに同行の友人からラインが届いて化粧がはがれた状態でバスに乗った・・・


 バスが動いてたから良いけど、雪だったらバスも運休したりで陸の孤島になるから、ホントにヨカッタヨー!


 そんなわけで、フィンランド国交100年です。

 フィンランドに千歳かどっかから直行便が来年かそこら飛ぶらしいし、白夜マラソンに行ってみたいよねー、それってお盆だよね~、とここ数年、思っているところではありますが、ムーミンと色白金髪碧眼のイメージしかないわけでありますが、


 放送大学でイスラムの過激な集団が9.11で有名になった頃からメディアに登場した高橋和夫先生の課目を撮ったらば、イスラム圏の事ばかりかと思ってたら、フィンランドと言う国について書かれていたのもご縁です。


 通信課題に800字でフィンランドとロシアの関係を論じなさい、というのがあったのでやっつけ仕上げたものをここに貼り付けます。

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フィンランドとロシア(ソ連)との関係について第一に挙げられる特徴は「フィンランド化」である。
領土と政治体制を守るためにフィンランドが取った行動で1930年代から長きに渡り軍事面や外交面でのソ連へ配慮のことを指して称された。

「フィンランド化」はヒトラーのナチスが1933年にドイツで権力を掌握し戦争の危機が高まったことに端を発する。
ソ連は自国防衛の都合のために様々な要求を行うが、フィンランドはそれらをことごとく拒絶し1939年11月に冬戦争に突入する。他国から差し出された援助は少なくフィンランドはソ連からの領土要求を受け入れざるを得なかった。しかし、この戦争はソ連に大きな打撃を与える。

やがてドイツとソ連の関係が悪化し1941年にそれを領土奪還の好機と見たフィンランドはドイツと接近。ドイツ側に立ったものとみなされソ連との「継続戦争」が始まり、国際社会からはドイツのソ連侵攻に手を貸した形とみなされる。ドイツが劣勢となるとソ連は再びカレリアを奪うなど悪条件の下、連合国監視委員会がフィンランドを監視したように占領は免れたが「フィンランド化」された。

1948年に結ばれた友好協力援助条約はソ連の介入を正当化。厳しい制限は続いたが1991年にソ連崩壊で外交面での自由を得、1995年にはEUにも加盟した。
ソ連崩壊で1990年からの数年間、フィンランド経済は貿易の面でソ連や東欧圏と密接であったため深刻な不況に陥り、市民生活にも密着していたという深い関係がある。

この二国間を見たとき、厳しい状況にありながら世界の頂点に立つような発展を遂げる現在のフィンランドは小国であるために新たな事柄への行動が容易なだけではなく戦争時に見せた忍耐や形ある財産(土地)ではなく形のない幸福への民の意識の高さがあるのではないかと思う。

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 このWebryblogのページもどうなるんだかわからないけれど、こんなことで更新しておきます。

 国交100年の年に記念切手も発売されてて買ったり、館野泉の演奏を聴いたり、フィンランド化を習ったり、いろいろつながっております。

 ところで、高橋教授のテキストの中に「霧のカレリア」という五木寛之の小説が紹介されております。
       これです。 
          ↓   

霧のカレリア (1972年) (五木寛之作品集〈2〉)
文藝春秋
五木 寛之

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 古書かKindleしかない、または全集になるので図書館かな~と思ったのですが、ムンクの表紙がそそるので熱帯雨林で買いました・・・


 あれ?ムンクはフィンランドじゃない。北欧だけど、と思う次第。