このフレーズをこないだ、ブログを書いていたら思い出しました。
---僕は愚かな人類の子供だった---
アトム何周年だったか、手塚治虫先生、生誕何周年かの記念に佐野元春が出したんですけど。わかんなくてファン失格ですけど。
全人類の罪を自分の罪として受け入れる佐野元春。
それがポーズとかカッコつけとかじゃなく、自然なので余計にガーン!とくるわけですが、おおよそファンのみがしる作品で残念です。しかも私はCD-ROMのデジタル・アート・ピースを持っています。もうPCで開けないかと思っていましたが、開けました。おそらくファンクラブで買ったものと思われ、これがまた秀逸な作品で息の根も止まります。ホントです。
今こそ、佐野元春の感性が必要なときですね。
幼い僕は泣いた
君が勇気を見せたとき
なぜなら僕には
勇気がなかったから
幼い僕は笑った
君が失敗したとき
なぜなら僕もよく失敗したから
幼い僕は怒った
君が闘いを挑むとき
なぜなら僕にも
理由がわかっていたから
幼い僕は空を駆けた
君が誰かを助けに行くとき
なぜなら君が
手招きをしたから
幼い僕はうれしかった
君が誰かに抱きしめられたとき
なぜなら僕も
誰かに抱きしめられたかったから
君は朝起きて
家族と食事をし
制服を着て学校に行った
君は恋をして
友達と遊び
無茶をして
大人から叱られた
まるで僕と同じように
まるで僕と同じように
一度 君が歩くときの
靴が擦れる音を真似たことがある
でも僕の靴は違う音がした
やがて君は英雄になった
君は愚かな人類のために犠牲を払い続けた
君はその愚かな人類の仲間入りをしたいと願った
僕にはどうすることもできなかった
そして君は
僕の英雄になった
幼い僕は残酷だった
君がアンドロイドと知るまでは
なぜなら僕には愛も正義もなかったから
君がいなくなったとき
幼い僕は泣いた
さびしかったからではなく
なぜなら僕は
愚かな人類の子供だったから

哲学者としての佐野元 ...
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