お腹は空かしてナンボ

 ウェブリブログがリニューアルされ、今までの記事が一部(?)保存されないものもあるらしい。

今朝のNHKの番組でネット上に書き込んだものが消えずに被害につながる「デジタルタトゥー」について放送していた。これを潮に壇ふみさんのように5年日記とか10年日記とかアナログへ移行しようかなと思わないでもない。



 6月号の文芸春秋に村上春樹氏が初めて自分の父のことを寄稿し、そのお父上が戦争に行ったことが記されているというので、びっくりして最寄りの書店にお取り置きしてもらい購入。その記事を読了した。


 わたしも父方の祖父が戦争に二度行っているというし、死ぬまで足に(たぶん脛)受けた銃創が癒えず(弾を取り出せなかった、もしくは取り出す医療を施していなかった)戦争の話はほとんどせずに他界したと認識している。


 祖父が戦争に行った理由は馬の蹄鉄の技術のためで兵隊ではなく、馬の陰に隠れ、何度も命拾いしたということである。


 で、これ↓旭川にいたときの物とか言うけど
画像


 オリンピックのものだったらじーさんは旭川にはいないはずで、戦争に二度行ったと言われ、第一次と二次なのか?と計算すると合わない。徳利の裏の模様は札幌の花、スズランだけどオリンピックではなくサッポロと書かれておった(笑)


 祖父が二度、召集された経緯はおそらく、村上氏の父上と同じように1930年代後半から第二次世界大戦の間に二度受けたということなのだろうが(村上氏の父上はなんと三度)、村上氏の文章を読んでいて思ったのだけれど、戦争に行った人はやはり多くは語らないらしく「じーちゃんの戦争へ行ったときの日記とかないの?」と父に幾度となく言う私であるが、そんなことアサハカに聞くこと自体が「他人事」なのだという理解に至った次第。



 ちなみにアサハカとは「浅墓」と書くことを先日読んだ、漱石先生の「虞美人草」を読んでいて知った。

 知らんかったの私だけ??

 墓は深く掘らねばならん、中途半端な仕事をしてはならんヨ!ということなのだろう。


 同じ文芸春秋に塩野七生さんの「ノートルダム」への思いが綴られてもいたが“ITを駆使すればわかるのは「知識」だけなのだ”ということであり、ごもっともなところ。


 思慮深い人々はテロでなければいいのだが、と思ったそうだがわたしは「スパッタかタバコの火だね」と咄嗟に思ったというのは平和ボケの人、もしくは「浅墓」なのだらうか、どうなんだろうか。


 
  そろそろお昼にします。
   

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